作業療法士、新卒1年目。単位に追われて日々仕事する中、自分なりに頑張っていたとある患者様介入中に、上司から作業療法の介入意味を問われ自信を無くしかけた話。

作業療法士、新卒1年目。単位に追われて日々仕事する中、自分なりに頑張っていたとある患者様介入中に、上司から作業療法の介入意味を問われ自信を無くしかけた話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
23〜24歳

【当時の職業】
作業療法士

【当時の住まい】
職場の寮(病院持ちのアパート)で一人暮らし。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
急性期の現場で経験を積みたかった。
東京エリアで趣味を楽しみつつ仕事したかった。
今の職場は、学生時代の実習先のグループ病院。

【環境と仕事内容】
急性期病院(大きめな病院)、日勤、入社時はPTOTSTスタッフ計100ほど、今年度末で全体で70人位に人減る、寮住み、新人?現在2年目、作業療法士、月の休みの数が決まっており日曜日固定の残りシフト制、日勤のみ、入社当初は脳外科病棟担当(10ヶ月)→血液内科(2ヶ月程)→腎臓内科(2ヶ月程)→内科、泌尿器科、呼吸器(現在8ヶ月目)

【大変だった時期】
新卒で働き始めて今現在の2年目までずっと。




【大変だったこと】
コロナの関係で担当病棟固定になってしまった為、2年目になった今でもほぼ話したことない先輩がいるし、一年目の時覚えるまでに苦労したし、知識少ない中1年目から単位を気にしてとにかく働かされたイメージ。
先輩方がここ2年で20人以上程辞める&職場移動しており、1日の一人当たりの患者人数がおかしく、多い時15人程になって朝から気が滅入りそうになることも多く、朝から今日介入しない患者の話をPTとしてるのが謎に思えた。
コロナで病棟固定をしなければいけなかったこと、スタッフの減少に伴いチーム編成が数回あったが、気づかないうちに私はチーム移動しており、いいように使われてる気がした。
一年目の時プリセプターがいたはずだが、ほぼいないに等しかった。

【大変だった期間】
入職してから今現在まで。
(約2年)
大変な時と落ち着く時を波のように繰り返してる。




【当時の心境】
このままとにかく働かされて、やりたいことも見つからず、わからないままいいように働かされそうで怖くなった。
いい睡眠が取れないこともあり、食事もあまり食べられない日もあった。
職場の人はほとんどがいい人で、同期がとても支えてくれて助かっており、「程々にね」という言葉を時々思い出すようにしている。
頑張れる理由はきっと患者様の笑顔や感謝の言葉が1番嬉しいから。

【職場が大変だった原因】
病院(リハ科)の方針。
人員の減少に伴い指導者も減少。
自分が先輩や周りににアドバイスを求めたり、相談するのが消極的だった。
コロナ。




【仕事で良かったこと】
なによりも患者様(ご家族様)の笑顔や感謝の言葉が1番嬉しいし、やっててよかったって思う。
前はできなかったことを気づけるようになって、先輩に褒められた時嬉しい。
一定の先輩や同期や後輩と仲良くなれたこと。




【特にひどかった最悪の出来事】
自分は意味あると思って介入していたとある患者様に入っていた時、上の役職のPTが全体の病棟の見回り来て、患者様(意思疎通難しい今後療養行くようなおばあちゃん)の前で「OT介入の意味ある?」って言われた時。
1年目の時だったので、自分のやってたこと無駄だったのかなんなのかもうわけわからなくなって泣きまくった時。
今なら、その上司の言い分もわかるし、私の言い分も伝えられると思うけど、入社して半年経ってない私にとっては日々懸命に自分のできる精一杯をやってたつもりで、大変な中でもタフにめげないで泣かずに頑張ってきたつもりだったので、自分の何かが壊れた瞬間だったし、仕事をする自信を無くした瞬間だった。
ほんとよく辞めてないと思う。




【相談した人・助けてくれた人】
上記のエピソードに関しては、同期のPTは「それは意味あるよ」と言ってくれたこと、同じチームのOTの先輩は私が介入していた理由をちゃんと聞いて、「それは意味あると思うから続けな。」と言って「なんかあったら庇うよ」って言ってくれたことの言葉が助かった。
(この後、その患者の家族から意見箱にリハビリに関しても感謝をしている旨のコメントを頂けたことも救い)普段から同期は1番の救い。
愚痴を言っても優しく聞いてくれて、いつも「無理だめだよ、程々にね」って言葉をくれるからそれに救われてる。
その同期と話すと安心する。

【改善のための行動】
知識はまだ少なくても、人に伝わる自分なりのリハビリを行えるよう努力した。
知識面は足りないところも多く、先輩から指摘を受けることも多かったが、1年目よりは積極的に相談出来る様になったと思う。
自分と関わるスタッフとの連携を密に取るようにして、患者様の話もたくさんするようにしたら、自分に足りない視点に気づけることが増えてきたし、周りに自分のリハビリを認めてもらえることも増えた。




【現在の状況と心境の変化】
上記のエピソードからは1年半以上経ったと思うが、人員が減ったことで未だに大変さは続いている。
その時同じチームで支えてくれてた同期とは違うチームになり、話す機会は減ってしまったが、変わらず愚痴話したりできる関係。
チームが変わったことによる心因的負担もかなりあったが、チームが変わることでいろんな先輩と関わることができ、たくさん相談できる先輩が今のチームにいる為感謝している。
今のチームで今の病棟にいることで、興味のある分野が少し見つかり始めた。

【学んだこと】
人とのコミュニケーションは本当に大事。
誰か支えてくれる人や、聞いてくれる人、アドバイスをくれる人、息抜きに誘ってくれる人がいることが、仕事内にいるだけで、肩の荷がものすごく降りるし、生きていける。
また、自分の伝えたいこと、やりたいことはちゃんと流されず見失わないようにすることが大事だと思った。



【当時の自分へのアドバイス】
どうしてその介入をしているのか、いつでも答えられるくらい、少しでもいいから自信を持ってやること。
どうしたいのかわからないまま移動したりしたりすることになったけど、いろんな先輩や後輩、患者様に触れることができて、自分にとっての作業療法像が少し見つかるから、泣いてもいいし、弱音吐いてもいいから自分を見失わないでね。