作業療法士で勤続6年。リハビリをするつもりがいつの間にか介護要員に。上層部への不信感を募らせる日々。

作業療法士で勤続6年。リハビリをするつもりがいつの間にか介護要員に。上層部への不信感を募らせる日々。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
28歳

【当時の職業】
作業療法士

【当時の住まい】
両親、祖母との実家暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
親が看護師をしており医療関係の仕事には元々興味があった。
ばあちゃんっ子でもあったため高齢者にかかわる仕事がしたかったため。

【環境と仕事内容】
脳梗塞や骨折した後の患者さんへのリハビリ業務が主な仕事であるが、病棟配属のためオムツ交換や入浴・食事介助も行っている。
従業員は約300〜400名ほど。
自分はリーダーの役職がついており、後輩指導を行う事も多々あり。
休日は不定休で早出、日勤、遅出の勤務形態。
給料は他の病院や施設と比較すると割といい方だと思う。

【大変だった時期】
大学新卒で就職し、勤続6年たった頃




【大変だったこと】
質問8に書いたように病棟配属であり介護業務が多い。
リハビリをするために入職したのにコール対応に追われる。
年数が上なだけの看護師が力をもっており、リハビリの事を介護要員として見ている人物もいる。
残業代はでないし昇給もほとんどない。
最初は他と比べると給料がいいが、昇給がないため皆5〜10年で辞めていく。
そのため中堅層が少なく、ベテランか若手がほとんど。
数少ない中堅層の私は後輩指導と管理職の補助などで一番損なポジションである。
にも拘わらず手当はない。
私立病院のため理事長のワンマン経営である。
思い付きで言った一言ですべての体制が変わって振り回されることもしょっちゅう。
勉強会や学会発表が多く遅くまで資料作りで残る日も多い。

【大変だった期間】
入職時から今でも続いている。




【当時の心境】
リハビリ業務自体は好きであるためリハビリ中は苦ではなかった。
介護業務も患者さんの日常生活を知れるのならと、割り切って考えることもできた。
ただそこに手当や補助がないのが不満。
そのため最近は常々転職先を探しながらの業務になってしまっている。

【職場が大変だった原因】
病院上層部の管理体制。
机上の空論で現場をほとんど分かっていない。
病棟の管理職もその現状を分かっているが上層部への意見は言ってくれない。




【仕事で良かったこと】
患者さんをリハビリによって回復に導いて自宅退院させることはやっぱりやりがいを感じる。
諦めていた趣味や仕事を再開できるようになっている姿をみると自分も嬉しいし作業療法士になってよかったと感じる。
地域に密着した病院であるため地元にも貢献できているなと感じる。




【特にひどかった最悪の出来事】
コロナ禍に入り、自分の職場でクラスターが発生したこと。
これに関しては仕方のないことだし、どこでも発生する可能性はあるのでクラスターの発生自体はそこまで職場を責めるつもりはない。
ただ、その時の職員に対する対応が最悪で、所詮労働力としてしか見ていないのだなと改めて感じた。
家に同居家族がいる場合は帰宅させない指示がでた。
それ自体は当然の指示だと思う。
ただ、職員の休憩場所や宿泊施設の確保は全然してくれず、10日間ほど車中泊を命じられた。
入浴も1週間くらいさせてくれなかった。
挙句、上層部と現場の連携が不十分で、違う病棟に陽性者を運んで感染を広げる始末。
日々感染対策に関しては何度も言われていたが、いざクラスターが発生したときの想定を何も考えておらず呆れた。
クラスター中に身を削りながら対応したスタッフが陽性になった時は、感染対策ができていないから感染したんだと怒られていた。




【相談した人・助けてくれた人】
同期が一番心を許す存在でよく食事や飲み会を行っていた。
少し自分がしんどそうにしている事を察してすぐに食事に誘ってくれたりするのはかなり救いになった。
リハビリスタッフ同士は同じような悩みや愚痴を持っているのでストレス発散の場になった。

【改善のための行動】
今の社会をみても、サービス残業はもう許されるものではない。
今から入ってくる新人達には残業をさせないように病棟管理職と業務内容の見直しを提案した。
結果、無理な勉強会や資料作りの頻度はかなり減少した。
だが、ほかの業務で結局残業してしまっている。




【現在の状況と心境の変化】
コロナ禍になって勉強会や会議などは密になるため中止が続き結果として少し楽になった。
上層部の残業に対する考えもわずかにではあるが変わってきている印象も受ける。
だが、ここ1〜2年で大きな働き方改革がない限りは退職しようかと考えている。
退職した同僚に話を聞くと自分の職場がいかにひどいところかよくわかる。
ただ、休みは取りやすく、多趣味な私にとってはそこだけが気がかりなところ。

【学んだこと】
発言しないから上層部の言いなりになることが多かった。
残業の事など、勇気を出して管理職に伝えたことで少なからず改善があった。
これからは、自分や後輩のためももっと発言していきたい。



【当時の自分へのアドバイス】
上層部の不信感が強まって職場への愚痴ばかり言っていると思う。
でも本当に苦しいのは巻き込んでしまった患者さんである。
もっと患者さんのことを第一に対応すべきだった。
自分たちの身を守るのはそれからでも遅くないと思う。
不信感にとらわれず、目の前のやるべき事にだけとりあえずは集中してほしい。
その後、おかしかったことはしっかり発言すればいい。