【急性期の総合病院で理学療法士】人手不足の病院に就職。ある日突然科長が辞めてさらにてんやわんや。

【急性期の総合病院で理学療法士】人手不足の病院に就職。ある日突然科長が辞めてさらにてんやわんや。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
22歳

【当時の職業】
急性期の総合病院で理学療法士

【当時の住まい】
実家のマンションで親、兄弟と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
家から通いやすい距離であったこと。
実習で急性期と回復期をみて、急性期の方が面白かったので、急性期かつ色々な疾患の患者様を見れる総合病院を選びました。

【環境と仕事内容】
急性期病院の一般病棟からICUに入院している患者様と、外来で通院している患者様のリハビリ。
リハビリのスタッフの人数は40人前後、当時は新人で、患者様の様子は重症から軽症まで様々。
脳外科、循環器科、消化器科、内科、整形外科の患者様が中心。
夜勤はなく、日勤のみ、休日はシフト制で、有休はもらえるけれどほとんど消化できていませんでした。
給与は他の病院と大きな差はありませんが、基本給が低めだったので、その分賞与が少なかったように感じます。

【大変だった時期】
大学新卒で就職し、新人の期間中はとにかく忙しくて大変だった。




【大変だったこと】
新人で入職したときは、ちょうどリハビリテーション科の科長が切り替わったタイミングだったようで、その前年度にたくさんの退職者が出たようでした。
そのため、入職後、特に研修のような期間はなく、とになく即戦力として働くことを求められました。
当時は配属が循環器科で、学校ではあまり学習しない分野だし、実習でも触れたことがなく、とにかく疾患名から医療用語、何をしたらいいのか、何に気をつければいいのか全くわからない中で、臨床業務にあたっていました。
教えてもらうこともたくさんありましたが、人手不足なこともあり、わからないことは自分で調べてなんとかする、という感じでした。
また、新人がサイベックスという機械を使って患者様の筋力測定をする。
という決まりがあり、実際の患者様に実施できるようになるために、先輩の前で模擬試験がありました。
それがとても厳しくて、毎日夜11時頃までリハビリ室に残って同期の子と練習をしていました。

【大変だった期間】
3年くらいで一時的




【当時の心境】
夜遅くまでリハビリ室にいる日々が続いたので、家に帰ってからはご飯を食べてお風呂に入ってすぐ寝てしまうことも多かったです。
そして、次の朝が来てまた職場に…当時はほとんど家で休めていなかったように感じます。
勉強に当てられる時間もなかなかなかったので、毎日が不安でした。

【職場が大変だった原因】
入職して2年で科長が変わり、病院や世の中の風潮としても働き方改革が前面に押し出されるようになり、残業は減り、有給も使えるようになりました。
年度ごとにスタッフの人数も増えたため、それによる業務の負担の軽減もありました。




【仕事で良かったこと】
一番は患者様が良くなって、無事に退院されること。
また、退院されたあともわざわざリハビリ室に顔を出してくれたり、お手紙をくださったり、色々な形で感謝を伝えてくださり、それが本当に嬉しく、また頑張ろうという活力になりました。




【特にひどかった最悪の出来事】
入職したときの科長が、ある日突然なんの前触れもなく辞めていったことです。
当時まだ私は入職して2年くらいだったので、経験年数の浅いスタッフ達が知らないだけで、先輩方はあらかじめ聞いていたのだと思っていました。
しかし、そんなことはなく、辞める前ギリギリになって全体に発表し、特に引き継ぎもなく、一時は科長不在の状態で、業務を続けることになりました。
しかも、辞めていくときに「私も同じように特に引き継ぎもなく、今の科長職についた。
だから、みんなにも同じ状況を与えた。」
と、なんとも無責任な発言をして辞めていきました。
自分が経験して、大変な思いをしたならば、次はそうならないようにするのが優しさなのではないかと、当時はその人のあまりにも自分勝手な考えにびっくりしました。
後任も決まっていなかったようなので、誰がそのあとを担うのか、今まで科長が院内や対外的にどんな業務に携わっていたのかが全く不透明なままで、新年度を迎えました。
スタッフ全員が今後に不安を抱えた状態で業務をすることになり、周りの医師や看護師からも本当に大丈夫なのかと、疑心暗鬼の目で見られました。




【相談した人・助けてくれた人】
職場での愚痴は主に同期に相談し、みんなで愚痴を言い合ったりしていました。
そこで共感し合ったり、アドバイスをもらったりしました。
あとは、同居していた母が環境面では大きくサポートをしてくれていたと思います。
精神的に辛いときは話を聞いてもらい、いつも温かいご飯とお風呂、寝床を用意してくれていたことには、本当に助けられました。

【改善のための行動】
リハビリ科全体の運営に関しては、経験年数も浅く、私が関与できることは特にはありませんでした。
そのため、まずは自分の目の前にいる患者様に向き合い、しっかりとリハビリをして、患者様はもちろん、周りの医師や看護師、他部署からの信頼を得られるように努めました。




【現在の状況と心境の変化】
それから7年たち、当時過酷な状況で頑張ってきたスタッフは今も働いている人が多く、その経験を糧に下のスタッフがより働きやすくなるように改善されました。
入職した当初は、私生活の中で仕事の占める割合がとても多かったように感じますが、今はプライベートもとても充実しています。
子供も生まれ、仕事とプライベートの割り切りがよりはっきりしました。

【学んだこと】
自分が退職するときには、周りに迷惑をかけないようできるだけ引き継ぎをしたいと思うようになりました。
みんなで環境を良くしようと努力すれば、こんなにも職場環境が良くなることに驚きました。



【当時の自分へのアドバイス】
人手不足の中でも患者様は次から次へとやってくるし、そこは疎かにしてはいけないから、まずは目の前の患者様にしっかり向き合って、自分ができることを精一杯やってください。
周りの先輩方はとても優しいから、聞けばたくさん教えてくれるので、どんどん聞いて先輩たちの考えや、良いところをたくさん吸収して、それを自分の患者様に還元できるように頑張ってください。