【急性期病院の言語聴覚士】残業は当たり前、人間関係は希薄で面白くない職場。世間の常識とズレもあるので、失語症など啓蒙活動が必要

【急性期病院の言語聴覚士】残業は当たり前、人間関係は希薄で面白くない職場。世間の常識とズレもあるので、失語症など啓蒙活動が必要

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
41歳

【当時の職業】
急性期病院で言語聴覚士

【当時の住まい】
現在と変わらず実家です。
独居です。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
臨床としては大学病院クラスの病院でした。
担任の先生の勧めで受けました。
論文など積極的にリハビリを学問としても追及する病院、とのことでした。

【環境と仕事内容】
急性期病棟で嚥下、構音障害、高次脳機能障害の方をメインに見ていました。
急性期ですので命に関わるケースもあり、戸惑いもありました。
他連携、特に勘違いしている気が強いのが良いと思い込んでいるナースとやり取りをするのがめんどくさかったです。
PTOTと比べ、STは地味な脳トレなどが多いので患者様に拒否されるとどうしようもないことが多々ありました。

【大変だった時期】
入職3週ほどから大変でした。




【大変だったこと】
前残業は当たり前で、帰るのも遅かったです。
人間関係は希薄な雰囲気でした。
面白くはありませんでした。
クレームは特にありませんでしたが、患者様の思うゴールと、現実のゴールに乖離がある時はどのように説明し、理解していただくのか、そこが大変な点でした。
例として棋士の方がいらっしゃいました。
彼は将棋界に復帰するつもりでしたが、はっきり言って無理でした。
将棋の駒の動かし方を知っているレベル、いわゆる小学生レベルの私にも簡単に負けてしまう程の高次脳機能障害を有していました。
はっきり言うか、受け入れてもらうために将棋をするか、家族(子供さんもプロ棋士でした)に頼るにも如何すべきなのか。
本人のプライドなどを鑑みて非常に困難な事例であったと思います。

【大変だった期間】
言語聴覚士の宿命ではないでしょうか。
一生でしょう。




【当時の心境】
憂鬱でした。
同期とは楽しくおしゃべりはできましたが、急性期で常にドタバタしていたように感じます。
朝早くから夜遅くまで走り回ってしんどかった思い出しかありません。
患者ごとに用意しなければならない教材の準備も大変でした。

【職場が大変だった原因】
職場、というより言語聴覚士の大変さは教材作りが大きいウエイトを占めていると思います。
それ以外は妙に体育会系の上司たちでしょうか。
彼らに合わせるのは面倒でした。




【仕事で良かったこと】
患者様にありがとうを言ってもらえた時。
昨日に比べ言語機能その他が好転していた時。
明確たる根拠はありませんが、また、日にち薬かもしれませんが、STとしてリハビリの提供が多少なりとも正しかったのだと思いました。
患者様の容態が良くなった時が一番です。




【特にひどかった最悪の出来事】
残業中、カルテを記入していた際に、唐突に上長から、とある検査方法を勉強しろと言われた時です。
訳が分からず「マニュアルを読めということですか?」と聞くも、「知りません!」と突っぱねられ、なにをしていいのか分からず1時間ほど放置されました。
一応マニュアルを読み、残っていたカルテを書くなどしましたが、それ以外どうすることもできず、最後はその上司に「すいませんでした。
検査方法、一から見直して間違えないようにします。
そこから考えられる事象などしっかりと頭に叩き込みます。
今日は申し訳ございませんでした」
と謝る?と許してもらえました。
別に検査はミスしていなかったのですが。

周りからは「あの人怒らせちゃったら厄介なんだよね」と言われました。
なお、何が原因で怒らせてしまったのかいまだに分かりません。




【相談した人・助けてくれた人】
同性の先輩は頼りました。
同じような経歴で言語聴覚士になった方なので。
「僕もはじめは理不尽な理由で毎日怒られっぱなしだったよ」という言葉は励みになりました。
また、同期の存在も大きかったです。
彼らがいなければすぐにつぶれていたと思います。

【改善のための行動】
新人なので至らない点は多々あります。
教科書を読み、事象と照らし合わせて勉強を進めていくしかありません。
分からなければ聞くことも大事ですが、質問内容もしっかり考慮せねばなりません。
学生ではありませんから。
プロとしての質問方法もあります。




【現在の状況と心境の変化】
現在は介護支援専門員をしています。
言語聴覚士は人数が少なく、仕事内容も認知されていません。
嚥下やコミュニケーション関連のとある分野が言語聴覚士としては非常識であっても、世間では信じられないようなことが常識としてまかり通っていることが多々あります。
また、知ったつもり扱いにされてしまっていることも多々あります(失語症など)それらを一つ一つ啓蒙していくことも私の宿命かも、と思います。

【学んだこと】
大変なのは言語聴覚士でもケアワーカーでも看護師でも医師でもなく、患者様が一番大変なのだということです。



【当時の自分へのアドバイス】
色々な難しいケースは多々あると思います。
患者様、他職種連携、人間関係、自身のスキル、将来等々。
しかし、それらは必ずいつか自分に活きて帰ってきます。
経験と体験を反省、考察、推察していくと必ず今後の人生に役立って花開いていくことでしょう。
諦めずに、そして無理をしないように人のために仕事をしていきましょう。
今後を楽しみましょう。