【急性期病院の新人・言語聴覚士】一年目からハードな残業と特定の先輩からの理不尽ないじめを受けて疲弊して逃げた話

【急性期病院の新人・言語聴覚士】一年目からハードな残業と特定の先輩からの理不尽ないじめを受けて疲弊して逃げた話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
28歳

【当時の職業】
言語聴覚士

【当時の住まい】
賃貸アパートで一人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し主婦





【就職のきっかけと経緯】
小児の言語聴覚士として働きたかったのと、いろいろな症例に関わってみたいと思っていたからです。
専門的な知識を活かして働きたいと思っていた。

【環境と仕事内容】
仕事内容;重症心身障害児者の入所、外来の言語、摂食嚥下評価関連
設備;大規
職員数;全体では100人強、部署は30人程度、役職なし
暦年数は3年目でしたが、年齢は一番年下だった
患者さん;基本的には自分で要望を言える方は少なく、保護者の意向が強かった
勤務;日勤で週5勤務、月に2回土曜出勤があったが、募集要項には書いていなかった
給与;相場相当

【大変だった時期】
2つめの職場だった。
5年働いたが辛かったのは3年目頃で、上司が変更してからが大変だった。




【大変だったこと】
上司との折り合いが悪く、ハードな案件を何件も無理矢理回された。
通常業務も上司の倍くらいやっていたのに、仕事をしていないと言われることもあった。
重症心身障害児者の保護者の要望に応えることがとても大変だった。
特に本人の状態について言葉を尽くしても理解してもらえないことがあり、信じたいことしか信じないという親や、現実を見ようとしない親も多かった。
特に年齢が高いご両親に関しては、今まで関わってきた人間が誰一人として説明して来なかったのか、受け入れないで拒否していたのかは分からないが、兎に角こちらの説明や現状の理解と希望要望の差がとても大きかった。
それが原因で病気を併発して亡くなった方も何人もいた。
親だけでなく、頭の悪い看護師や支援員などに邪魔されることもあった。

【大変だった期間】
5年間在籍した




【当時の心境】
外来業務だけをすることに関してはそれなりに楽しかった。
医者がまともなオーダーを出している場合もやりがいがあったが、本当に必要でもないのに、親の要望で無駄なリハオーダーを出す医者も多く、出すだけ出してあとはリハビリに丸投げということがあって本当にイライラした。

【職場が大変だった原因】
上司が全くの役立たずだったこと、信頼のおける上司が定年退職してしまったこと、元からその職場のカラーが誰でも受け入れて永劫面倒を見る、という発想だったことご良くなかった。




【仕事で良かったこと】
伸びが緩やかであっても何年も面倒を見たり、成長過程を追う事ができたこと。
経年の様子を追うことによって、幼児期から学齢期、成人から老年期まで、いろいろな年代の障害をもつ様々な事例に当たることができたのは自分の幅が広がったと思う。




【特にひどかった最悪の出来事】
超重症心身障害児の中学生の親に、子供が話せるようになってほしいというとんでもない要望を言われた。
検査をして、それは現実的に難しいという話をしたら、逆ギレして親が帰った。
暦年数のことを言われて、この施設はレベルが落ちたと暴言を吐かれ、ちゃんとこの子のことを評価してもらえなかったという文句を言われた。
元々クレームな親ということは分かっており、本来私が担当すべき案件ではなく、上司が無理矢理回してきたケースだった。
挙句、クレームにはならなかったにも関わらず、反省文を書くことになり、私の伝え方や態度が悪いからだと決めつけられてしまった。
そういったことがあと3ケースくらい続いたが誰も庇ってはくれず、上司を咎める人がいなかった。




【相談した人・助けてくれた人】
自分の職種の人は殆ど役に立たず、別施設の先輩に解決してもらった。
その先輩から課長に間に入ってもらって、部署移動することになったので、その上司とは物理的に離れることができた。
同じ職場では心理士の友達に相談にのってもらった。

【改善のための行動】
役職が上の人に相談したことが1番の解決だった。
また仲が良かった他職種には評価してもらえていたこと、担当したケースの保護者で私を信頼してくれていた人が思ったよりいて、辞める時とても惜しまれた。
それを見た上司が苦虫を噛み潰した顔をしてざまあみろと思った。




【現在の状況と心境の変化】
それから3年は経った。
自分がどういったことをしたくて、どの程度のことを期待してリハビリをするかというスタンスができてきたと思う。
勿論、できることの限界や問題点についてもある程度考えたり、保護者に伝えたりすることができるようになったと思った。
自分のやりたいことと一致する職場を探すのは難しいという気持ちは相変わらずある。

【学んだこと】
あまり方向性の違う上司や職場とは長く続かないということ。
やりたいことや自分の方針が違っても受け入れてくれたり、仲良くできる人がいれば働くことはできる。



【当時の自分へのアドバイス】
早くより上の上司に相談すること、嫌なことは声に出して伝えること、できないことは出来ないとはっきり伝えること。
その上司は頭がおかしい人なので、自分が気に病んだり、仲良くしなければという事自体を諦めて、適度な距離を取り、後ろ盾を得ること。
過剰な仕事量に関しては調整するようにパワーハラスメント委員会などに相談すること。

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